Crazy Cats

 『Crazy Cats』は、東京都世田谷区梅丘(小田急線梅ヶ丘駅付近)にある精神障害者小規模共同作業所です。共同作業所とは、精神病院を退所された方が就労など社会復帰をめざして通われる場所のこと。あまり聞いたことのない施設ですが、『Crazy Cats』のある 世田谷区には、そんな作業所が20カ所以上もあります。最近では作業所の役割も変わり始め、障害者の憩いの場や居場所としてサービスを提供するところも増えてきました。そして私たちの『Crazy Cats』は、変化してきた作業所の中でも、特に‘地域への開放’と‘人々との交流’を前面に打ち出した活動を行っている、ちょっとだけ珍しい場所なのです。


 『Crazy Cats』が、兄弟作業所『にゃんこの館』から分かれて出来たのが1996年春のこと。それまで『にゃんこの館』には、‘障害の有無を越えて’というコンセプトのもと、10年以上もスタッフとメンバーを中心に、作業所の運営を行ってきた実績がありました。年間の予算立てから、日々の生活に密着する小さなことまで、ミーティングを繰り返し開き、参加している人の気持ちを大切にしながら活動してきたのです。スタッフ選考といった人事の際などには、面接官が30人…といった場合もあるほど。『自分達の場所を自分達の手で』というやり方は、この作業所独自の文化と、関わっている人ひとりひとりの内的世界を豊かにし、その自尊心を回復していったのでした。

 しかし、このやり方が一方で『閉鎖的な共同体』を作ってしまったこともまた事実でした。この病気自体が社会的に隔離されてきた経緯もあり、当事者の方の多くが、自分が病気であることやこうした施設に通っていることを隠したがる傾向があります。『にゃんこの館』に通っていた人々も例外ではなく、内部の人間だけによる運営活動がしだいにその傾向とあいまって、『自分達の秘密基地』のようになっていってしまった側面もあったのです。

 以前より社会に対して閉鎖的な側面に危機感を感じていた(当時の)スタッフは、この『にゃんこの館』の閉鎖性を打開するのに、一つの方法を考えました。それは直接的に運営に‘外の風’(すなわち外部の人間)を入れるのではなく、ある主の‘交流機関’を作り、そこと『にゃんこの館』を交流させればいい、というものでした。そしてこの‘交流機関’は、『障害者が(いわゆる)健常者に近づいていく』ような一方向的なノーマライゼーションではなく、お互いが違いを超えて理解していけるような、相互的にノーマライズする場所になるはずだ、という目論見もあったのです。そうしたコンセプトのもと、1995年から『にゃんこの館』で話し合いが行われ、新しい場所を立ち上げること、そしてその場所の名前を『Crazy Cats』にすることが決まりました。

 こうして設立された『Crazy Cats』でしたが、その道のりは平坦ではありませんでした。作業所運営のノウハウが、どうしても『にゃんこの館』のこれまでの取り組みに影響され、開所してからというもの、『にゃんこの館』とほとんど同じやり方で活動を行っていたのです。毎日毎日、場所の細かい運営のやり方やルール、人間関係のトラブルなどを、それはそれは小さいことから全てスタッフとメンバー、そして興味を持ってやってきた人も巻き込む形で、ミーティングを行っていたのでした。これはただ単に‘交流の場’‘楽しい居場所’を求めてやってくる人にとっては、かなり違和感があるものだったことでしょう。なにしろ、遊びに来たのに、やっているのはいつも濃厚な会議なのですから…。また職員構成もかなり流動的で、結果的に場所の安定性を欠く大きな要素になっていました。一時は場所からお客はもちろん、メンバーの姿も消えてしまうような時期もあったのです。


 このままではいけない。もっと根っこから作業所の活動を見直そうと改めて考えたのが1998年の暮れ。‘交流’というコンセプトを再確認し、そのコンセプトにあった運営方式を模索しました。そして10年〜20年先の活動計画を年頭に、「将来的にはスタッフという存在が場所からいなくなるのが望ましいけれど、現時点では運営活動の底辺はスタッフが担う」ことにし、そして明くる1999年初頭より、これまでやってきた『にゃんこの館』と同じ‘運営をメンバーとスタッフが行う’方法から移行しました。『Crazy Cats』に集まってくる人々が、もっとシンプルに交流活動に専念できるようになったのです。

 スタッフが運営における役割をはっきりと分担したことは(実際にはスタッフが「担う」と宣言した程度なのですが)、『Crazy Cats』に劇的な‘化学反応’を引き起こしました。場所にはある種の‘落ち着き’が生まれ、足が遠のいていたメンバーもしだいに戻ってきたのです。その時期に、内部より自主的に生まれてきたライブイベント『こんとん』や、喫茶部門『Counter Culture』が定着したことも、『Crazy Cats』という場所の活動をわかりやすくしたり、安定感を支えたりする大きな役割を果たしました。何より交流に必要になってくる‘継続的な媒体’が、やっとやっと生まれたのです。また月例通信『Drive Me CRAZY』の創刊やホームページ開設など、自分達の活動を広めたり、活動を外部の人々と共有するツールができたことも、この変化に拍車をかけたようです。



 こうした活動の明確化・安定化の中で、ようやく外部の方が数多く『Crazy Cats』に遊びにきてくれるようになりました。完全防音でステージもあるこの場所では、音楽はもちろん、会話やゲームやミーティングなどを通して、日夜いろんな交流がなされています。また大きな売りとなったライブ『こんとん』は毎回大盛況。出会いがさらなる出会いを呼んで、『Crazy Cats』は今や‘不思議な街のサロン’として機能してきています。こうした活動の中で見えてきた、この場所のキーワードは二つ。

『ひととひとが出会う場所』:
障害の有無なんてことを超えて、ひと同士として出会えるところ『Crazy Cats』

『じぶんと出会う場所』:
ひとと出会ったり、いろんな共同作業をするなかで、自分自身を見つめるところ『Crazy Cats』

 数々の試行錯誤やトラブルや軋轢を経て、たくましくなってきたここ『Crazy Cats』。もちろん今でもトラブルは(まったく)絶えません。でも以前より安心しながら喜怒哀楽、いろんなこころの体験ができるようになりました。笑い、泣き、時には苦しみ、悩み……。でも寂しくなったら誰かいてくれる。扉を開けたら誰かが挨拶してくれる、そんな場所になってきています。
 このホームページも、いまや大切なコミュニケーションツールとなりました。ここからさらに多くの素晴らしい出会いが広がることを願っています。興味を持たれたら、ぜひ遊びに来てくださいね。

2000年 10月14日
Crazy Cats
(文責:もんち)